2007年5月15日 朝日新聞朝刊掲載

          弁護士 平 尾 嘉 晃 

「『ライフワーク』が原点」
 
  学生時代、まだ弁護士になろうとはあまり意識していなかったころ、サークル活動で社会問題に触れるうちに何人かの弁護士に出会った。水俣病公害訴訟にかかわったり、障害者の支援にかかわったり。いずれも手弁当で、「ライフワーク」とおっしゃって頑張っておられた。
 もちろん、弁護士の法的サービスには正当な対価が発生する。事務所の経営などもあり、何でもボランティアでやるわけにはいかない。しかし、見過ごせない問題のため、時には奉仕でも行動する姿を見て、弁護士という仕事にあこがれを抱いた。今から15年ほど前のことだ。

 7度目の挑戦で司法試験に合格。現在は、弁護士になって6年ほどたち、消費者被害事件にかかわることが多い。その中でも、マンションやアパートなどの賃貸借契約で、退去時に本来返還されるべき敷金や保証金を返してもらえない、あるいはリフォーム費用の請求をされた、といった事案の相談が多い。
 こうした敷金・保証金トラブルは、個別の被害は20〜30万円と比較的少ないため、通常の費用で弁護士などに頼むと高くつく。従来は、圧倒的多数の被害が見過ごされていた。最近では「ネットワークビジネス」と称するねずみ講も蔓延(まんえん)し、末端の多数の会員が被害に遭っている。やはり個別の被害が少額だと、正しい法的解決がなされないことも多い。
 しかし、たとえ一件一件は少額でも、不当な利得を得ている業者は多数の被害者から利得を吸い上げ、総利益は巨額になる。こうした「うまみ」があり、少額かつ多数の消費者被害事件はなかなかなくならない。
 業者は、あの手この手で法律の規制をすり抜けようとする。複雑な契約条項を作り出し、訴訟に費やす時間や手間が通常以上にかかったり、法律解釈をめぐって最高裁まで争ったりするケースも多々ある。だからこそ、このような消費者被害事件には、法律の専門家である弁護士による救済が必要であり、手弁当でも正面から取り組まなければならない。

 正直に言うと「つらい」「しんどい」と心がくじけそうになることもある。しかし、そのような時こそ、弁護士を目指すきっかけになった先輩弁護士の「ライフワーク」という言葉を思い出すようにしている。こうした活動を続け、自分の「ライフワーク」にしていくことこそ、弁護士を目指した原点であり、自分のプライドにかかわる部分だからだ。
 今後、少額かつ多数の消費者事件では、立法による集団的解決の枠組みが不可欠だ。業者から不当な利益をきちんと吐き出させ、被害者に公平に配分するシステムの立法化だ。こうしたシステムを提言すべく、京都弁護士会で調査研究中だが、こうした活動も自分の「ライフワーク」の一つとして続けたい。