2006年4月10日 朝日新聞朝刊掲載
弁護士 中 村 利 雄
「顔の見える法の医師に」
私が弁護士になった30年前、石油ショックによる不況のあおりから、京都では企業の倒産事件が多く発生しました。当時勤めていた事務所でも、再建の可能性がある場合には和議、会社整理、会社更生などの手続きをとりましたが、多くは清算手続きである破産による企業解体に終わりました。
倒産事件は、金融機関や仕入れ先、得意先、従業員など関係者が多数おり、利害が複雑に絡み合っています。その影響は関係者だけにとどまらず、関係者の家族や社会にも及びます。そのため、弁護士は、倒産による悪い影響を少しでもなくそうとして、まず企業再建の方法を考えるようにします。
しかし、多くの倒産事件は、来月の資金繰りがつかないとか、今月の手形決済ができない、といった切羽詰まった状態で法律事務所に持ち込まれます。ここまでひどくなる前に、もっと早く相談に来られていたら再建の方法もあったのに−−と思うことが再々でした。
バブル崩壊後の今時のデフレ不況においては、それまで以上の倒産事件が発生しました。しかし、相談を受けたときには既に再建は手遅れになっている事例がほとんどで、従前とあまり変わっていません。
弁護士は社会の医師とも言われます。法的トラブルを少しでも軽く、痛みも少なく、適切に解決するためには、早めの診察(相談)が不可欠です。
30年前に比べれば、弁護士会の法律相談体制も充実し、弁護士の数も増えて、社会のニーズを満たすようになってきたと思います。しかし、倒産事件のような危急の場面ですら、弁護士への相談がためらわれている現実を見ると、弁護士や弁護士会は、もっともっと社会の中で顔の見える存在を意識して、法的サービスの充実強化に努める必要があると思います。
特に今後、市民の皆さんと司法の結びつきは非常に重要になってきます。09年度までに裁判員裁判が実施されるからです。これまで、職業裁判官だけで行われてきた刑事裁判手続きに市民が直接参加する制度です。刑事司法が活性化され、市民にとって身近になることが期待されています。弁護士会や弁護士は、市民の皆さんと司法をつなぐ重要な役割を果たしていく必要があります。