2002年1月19日 朝日新聞朝刊掲載
弁護士 吉 田 誠 司
「正義崩す『善意』」
「善意の第三者」という言葉を聞いたことはあるだろうか。法律用語が浮世離れしている言われる一例だが、法律の世界で「善意」とは「事情を知らなかった」という意味で、「隣のお人よしの八つあん」でも何でもない。
例えば、こんな場合。AがBに土地を贈与したが、それはBの詐欺によるものだった。Aは贈与を取り消して土地を返してもらおうとすると、Bは「もうCに売ってしまった」とのこと。そこでCに返還を求めると、「AとBとの間で何があったかは、私は一切知らない。私は『善意の第三者』だ」と主張された、というようなケースだ。
Cが本当に事情を知らずに買って土地代金も払ってしまったとすれば、突然土地を返せと言われても確かに気の毒なことではある。
だまされたAも不注意といえば不注意だ。こうしたそれぞれの事情をハカリにかけて、法律はCを「善意の第三者」として保護することがある。法律家なら全員、基本中の基本としてわきまえている制度だ。
しかし、実際にこうした事件を取り扱うと、何とも承服しがたいこともしばしばある。
株券や手形など有価証券が盗難に遭い、やみのルートで流通して「第三者」の手に渡ってしまったような場合だ。こんなケースでも、「善意取得」という制度が適用されてしまうのである。
最近は不況のせいか、ガラスを割るなどの荒っぽい手口で会社や民家に侵入し、多額の有価証券を盗み出す事件が頻発している。
こうした場合は、盗難の被害者である、本来の証券の所有者・権利者と、自称「善意の第三者」が、法廷で争うことが多い。
盗難に遭った場合、一定期間を経て、盗難証券を無効化し、新証券を再発行してもらう裁判所の手続がある(公示催告・除権判決)。
しかし、これには6ヶ月以上もの時間がかかる。その間に証券は次々にやみのルートで何人もの手を転々としていく。そのうちに「我こそは善意取得者だ」などという者が現れてしまうのである。盗難被害に遭った場合は、この6ヶ月の期間をもっと早くできないのか、というも思う。
運悪く、期間内に「善意取得」を主張する者が現れると、裁判を起こして返還を求めるしかない。「善意取得」があるのでどうせ勝てない、と思って裁判をあきらめる人も多いし、頼みの警察もこの制度のせいで捜査に及び腰になりがちだ。
しかし、盗難証券の取得が本当に「善意」などというケースは皆無に近いと思う。元々、犯罪が発端だから、アシがつかないように証券は市場を通ることはない。流通ルートは全くブラックだ。
それゆえ、相手は通常、入手ルートをぼかし、「初対面の人から、〇千万円で買った」とか、「その人は今どこにいるのか知らない」などと法廷で平気でうそぶくのである。
最近の裁判所は、善意取得の適用範囲を狭め、最終的には公正な判断をするようになってきたと思う。しかし、何の落ち度もない盗難被害者が、相手のこうした「怪しげな言い分」をいちいち、突き崩して裁判をするのは、実際大きな負担となる。
このように、盗難被害に遭った場合については、善意取得の制度を改革すべきだと思う。
「正義が早く勝つ」ように。