私が、弁護士を目指したのは、大学3回生のころでした。
私は、小さい頃から世界を夢見て、世界中の人を幸せにしたいと思っていました。黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」を何度も読み、大学時代は国連難民高等弁務官の緒方貞子さんに憧れ、尊敬する人はマザーテレサでした。しかし、具体的に自分が何をしたいのか、何をすればいいのかはよくわからず、ただ漫然と時を過ごしていました。
そんなとき、テレビでこんな場面に出会いました。それは、マザーテレサがカルカッタに「死を待つ人の家」を設立し、世界から注目を集めるようになった頃、インタビュアーから次のような質問をされた場面でした。「世界には飢餓や紛争に苦しむもっと悲惨な人々が大勢いる。なぜあなたはインドの街角に倒れた人だけを助けるのか。」
これに対して彼女は答えました。「私の家の前に、一人の人が腹を空かせて裸で倒れていた。私はその人を助け起こし、着物と食物と寝る場所を与えた。私はただ、それを繰り返してきただけです。私には、世界を変えるような力などありません。」
彼女の答えに、私はとても驚きました。世界を動かしたと言われる人物が行ってきたことは、近隣で倒れている人をただ順々に助け起こすという素朴な作業だった、そのことが私にとってはとても意外だったのです。そして、部屋の中で世界を夢想しているだけでは何も始まらない、今、目の前にうずくまっている人一人ひとりを助け起こすことが、何よりもプライマリーな福祉だと、諭された思いがしました。
また、奇しくもその頃、私の友人の家庭で、父の会社が倒産し両親が離婚するという出来事がありました。彼女から直接その件について何度か話を聞きましたが、その後しばらくして、彼女は大学から姿を消しました。
「破産」「離婚」と言葉にすれば無機質なものに見えるかもしれませんが、そこには血の通った人間の苦しみや筆舌に尽くしがたい悲しみと絶望があることを思い知りました。
私は改めて、今目の前で悲しんでいる人を救いたい、自分にその力がほしいと、強く思いました。
現在の日本で苦しんでいる人を救うには、直接パンや着物を与えるべき場合もありますが、もっと根本的に救済するには法律知識が不可欠です。世の中は、小さなことも大きなことも、すべて法というルールにそって事が運ばれているからです。社会のどこかでつまずいたときには、ルールブックに立ち返り、知恵を絞れば、きっと、もう一度前進する道が見つかります。それをお手伝いできるのが、弁護士であると思っております。
今こうして資格を授かり、そのお手伝いができることを、心から嬉しく思っております。
人を救いたい――幼い頃に抱いていたこのシンプルな思いは、今、より明確になって私の胸に抱かれております。一人でも多くの方を助け起こすため、研鑽を積んでいく所存です。